高知地方裁判所 昭和54年(ワ)98号 判決 1980年7月17日
原告
三枝茂
(ほか二五名)
右原告二六名訴訟代理人弁護士
山原和生
(ほか四名)
被告
御国ハイヤー有限会社
右代表者代表取締役
明石直美
右訴訟代理人弁護士
徳弘壽男
主文
一 被告は、原告三枝茂に対し、金一二万〇、二一五円と、これに対する昭和五四年一一月二〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告三枝茂のその余の請求を棄却する。
三 その余の原告らの訴はいずれもこれを却下する。
四 訴訟費用は、被告に生じた費用の二分の一と原告三枝茂に生じた費用を被告の負担とし、被告に生じたその余の費用とその余の原告らに生じた費用をその余の原告らの負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 原告三枝茂(以下原告三枝という。)
「被告は、(一)原告三枝に対し、金一二万〇、七二二円と、これに対する昭和五四年一〇月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。(二)訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに(一)項につき仮執行の宣言。
2 その余の原告ら(以下原告上池らという。)
(一) 主位的請求として、「原告上池らと被告との間には、被告により制定、施行された別紙退職金支給規定(以下本件退職金支給規定という。)が効力を有することを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
(二) 予備的請求として、「被告は、原告上池らに対し、各自の退職時に、本件退職金支給規定に基づき算出した金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。
二 被告
「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者の身分関係
被告は、乗用自動車による旅客運送を営むことを目的とする有限会社であり、原告らは、昭和五三年七月三一日以前に被告に入社してハイヤー運転の業務に従事するものである。原告らは、いずれも全自交労連高知地方本部みくに分会(以下原告ら加入組合ともいう。)に加入する労働組合員である。
2 本件退職金支給規定の制定と変更
被告は、本件退職金支給規定を昭和四一年一月一日より施行し、同四七年二月五日一部改定・施行してきたが、同五三年七月二九日に至り、右規定は、同月三一日限りこれを廃止し、同年八月一日以降の経過期間はこれを退職金算出の基礎となる勤続年数に算入しない旨の社内告示(以下本件告示という。)をした。
3 退職金支給規定変更の無効
会社が退職金について定める場合には、労働基準法(以下労基法という。)八九条一項四号により、就業規則において定めなければならないとされているから、本件退職金支給規定は就業規則の一部をなすものである。
本件退職金支給規定の変更は、就業規則の一方的な変更により原告らの既存の労働条件を不利益に変更することにほかならないが、右規定の変更は、以下の理由により無効であるから、右規定は昭和五三年八月一日以降もその効力を有する。
(一) 届出の欠缺
使用者が就業規則を作成、変更する場合、労基法八九条一項により、行政官庁(労働基準監督署)への届出を義務づけられているが、右規定は効力規定であるから、本件退職金支給規定の変更は行政官庁に届出がなされてない以上無効である。
(二) 退職金支給規定の一方的不利益変更の無効
被告は本件退職金支給規定の変更について、原告らの同意を得ていない。就業規則は、労基法九三条により最低基準規範としての効力を持つので、使用者が就業規則を一方的に、原告らに不利益に変更したとしても、原告ら労働者の同意がない以上その効力を有するものではない。
従って、原告らの同意がないので、本件退職金支給規定の変更は無効である。
4 原告三枝の退職金債権
原告三枝は、昭和三八年六月一日被告に入社し、同五四年一〇月二〇日退社したが、その間同四五年九月二五日から同四八年一〇月一日まで休職しているのでその勤続年数は一三年四か月一五日である。また、同原告の退職時における基本給月額は金九万八、七四〇円なので、本件退職金支給規定に基づき退職金を計算すると、金一三二万〇、六四七円となる。
しかるに、被告は、昭和五三年八月一日以降の経過期間は勤続年数に算入せず、金一一九万九、九二五円の支払しかしない。
従って、被告は、原告三枝に対し、なお金一二万〇、七二二円の退職金支払義務を負う。
5 原告上池らの訴の利益
(一) 主位的請求(退職金支給規定の効力確認請求)について
原告上池らは、いずれも被告と労働契約を締結しているものであるが、本件退職金支給規定の効力が確定されない以上、昭和五三年八月一日以降退職時までの期間が勤続年数に算入されるか否かにつき不安があり、この不安を除去するには現時点において右規定の効力の有無につき判決することが最も有効適切である。また、本件確認訴訟は、原告上池らと会社との間で画一的に解決されるべき右規定の効力をめぐる問題を一挙に解決するのに極めて有効適切である。
なお、被告が右規定の効力を否定し、原告上池ら退職時には、これに従って退職金の支給をしないことが確実である以上、原告上池らには確認の利益があるというべきである。
(二) 予備的請求(将来の退職金支払請求)について
かりに、右主位的請求について確認の利益が認められないとしても、被告は、原告上池らの退職時に本件退職金支給規定に従って即時の履行をしないことが確実であるから、原告上池らには、将来の給付の訴の利益があるというべきである。
6 よって、原告三枝は、被告に対し、退職金残額金一二万〇、七二二円と、これに対する同原告退職の日の翌日である昭和五四年一〇月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を、原告上池らは、被告に対し、主位的に原告上池らと被告との間に本件退職金支給規定が効力を有することの確認を、予備的に原告上池ら各自の退職時に右規定に基づき算出した退職金の支払を、それぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、同2の事実は認める。
2 同3の事実は争う。
本件退職金支給規定は、就業規則にその根拠を有するものではなく、労働協約にその根拠を有するものであるところ、被告は昭和四七年頃から経営不振に陥り、倒産の危機に瀕したため、原告ら加入組合との間で会社再建策について協議をなし、同五一年一一月二〇日賃金体系を基本給主体の制度から歩合給制度へと改変することとする労働協約を締結し、それに伴って退職金支給制度は消滅するに至った。本件退職金支給規定の廃止期限を同五三年七月三一日としたのは被告の恩恵的措置にすぎない。
右のように、原告らは同五一年一一月二〇日の労働協約締結に際し、退職金支給制度の廃止を承認しているうえ、歩合給制度の実施により、現在時におけるより高額な賃金収入の獲得が実現せられている以上、退職金支給制度が廃止されたからといって決して不利益を蒙っているとはいえない。
また、かりに右規定が就業規則に含まれるとしても、その作成、変更について行政官庁への届出が効力要件であるとは解されないし、被告は、昭和五四年六月一日高知労働基準監督署に退職金支給制度を廃止する旨の就業規則の一部改正届を提出し、同月四日受理されるに至っている。
3 同4の事実のうち、原告三枝が昭和三八年六月一日被告に入社し、同五四年一〇月二〇日退社したこと、その間同四五年九月二五日から同四八年一〇月一日まで休職したこと、同原告の退職時における基本給月額が金九万八、七四〇円であること、被告は同原告に対し、同五三年七月三一日を勤続年数の終期とする退職金一一九万九、九二五円を支払ったことは認めるが、その余は争う。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1、同2の事実はいずれも当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実と、(証拠略)を総合すれば、以下の事実が認められ、被告代表者尋問の結果のうち右認定に反する部分は信用できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
1 当事者の身分関係
被告は、昭和二八年九月二四日乗用自動車による旅客運送事業を営むことを目的として設立された有限会社であり、設立当時は従業員数一二、三名の小規模な企業であったが、現在では従業員数一〇〇名余を擁するに至った。そして、訴外明石直美は、同二九年頃より被告会社代表取締役の地位にあるものである。
被告会社においては、昭和三五、六年頃より労働組合が結成され、原告ら加入組合の前身である高知県ハイヤー・タクシー労働組合(以下高知県ハイ・タク労組という。)或いは同組合みくに分会と被告との間に労働協約が締結されてきた。被告会社において、昭和四四年二月一〇日締結された労働協約(<証拠略>)によりユニオン・ショップ制が採用されたこともあったが、同制度は現在事実上機能しておらず、原告らの加入する全自交労連高知地方本部みくに分会には原告らを含め約三六名が加入するのみである。
2 本件退職金支給規定と就業規則、労働協約
被告会社は、昭和四一年一月就業規則(<証拠略>)を作成、施行(同四七年二月五日一部改定、施行)してきたが、同規則によれば、その賃金体系は、「基準内賃金、基準外賃金、臨時給与、退職金」とされ、いわゆる固定給としての基本給制度を主体とするものであった。
退職金については、就業規則と同時に施行(一部改定、施行日も同一)された本件退職金支給規定により、支給基準、方法に関する細則が定められたが、同規則によれば、「退職金は、退職時の基本給月額に勤続年数を乗じて得た金額とする。勤続年数は入社の日から起算し、退職又は死亡の日までとし、一年未満の端数はこれを日割とする。休職期間は勤続年数に算入しない。退職金は一時払を原則とし、退職手続を完了した者に対し、三〇日以内に支給する。」こととされ、従業員が退職する場合、役職者に対し、特別に功労金が加算されたほかは、労働組合員であると否とを問わず右規定に基づいて算出された退職金が支払われてきた。
3 被告会社における旧賃金体系
昭和四四年二月一〇日被告と高知県ハイ・タク労組との間で締結された労働協約(<証拠略>)により、退職金に関し、本件退職金支給規定に定めるのと同一の基準・方法によりこれを支給するとの合意がなされ、また同四七年二月五日被告と右組合及び右組合みくに分会との間に締結された労働協約(<証拠略>)により、賃金体系を(1)基準内賃金、基準外賃金、(2)一時金、(3)退職金とする就業規則に定めるのと同一の、基本給主体の制度とするとの合意がなされ、それと共に退職金の支給規準等に関する細則は本件退職金支給規定によるべきこととされた。
更に、同四八年六月五日被告と右組合との間に締結された労働協約(<証拠略>)によれば、同年度より基本給のほかに、月間の水揚成績の良好な者に褒賞給として月間賞或いは奨励金を支給する制度が採用されたが、労働組合がこれに反対したため、翌年廃止された。
4 新賃金体系への移行
昭和四七年頃より被告の経営状態は次第に悪化し、同五〇年頃には倒産の危機に瀕する状態に至ったため、同年度の労働協約締結に際しては労働組合も会社再建に極力協力することとなり、同年二月一〇日締結の労働協約(<証拠略>)により、一か月の水揚高二四万円を超える額について二〇パーセントの奨励給を支給する暫定的歩合給制度採用に応じ、同制度は同年五月三一日まで実施されたが、同年五月一六日締結の労働協約(<証拠略>)において、基本給の増額がはかられたほか、同月二一日からは一か月の水揚高二四万円を超える額について四五パーセント、三〇万円を超える額について五〇パーセントの歩合給を支給する、基本給及び(月算)歩合給の二本立の賃金体系に正式に移行することとなり、やがて右月算歩合給制度は、翌昭和五一年一月一七日締結の労働協約(<証拠略>)により、一乗務の水揚高一万六、〇〇〇円を超える額について四五パーセント、二万円を超える額について五〇パーセントとする日算歩合給制度へと進展した。
同年三月頃になると、被告は組合側に対し、賃金、有給休暇等の労働条件を大幅に労働者側に不利益に変更する提案をなしたことから、組合はそのころから同年五月末にかけ、波状ストライキをもってこれに対抗した。
しかし、右労働争議は会社側に有利に展開し、同年一一月二〇日被告と原告らの加入する全自交労連高知地方本部みくに分会との間に締結された労働協約(<証拠略>)においては、組合側が大幅に譲歩し、労働条件は従来に比し、労働者側にかなり不利なものとなった。
すなわち、(1)従来の基本給主体の賃金体系はこれを廃止し、一乗務の水揚高一万六、〇〇〇円を超える額について四五パーセント、二万円を超える額について五〇パーセントを支給する完全な日算歩合給制度に移行する(但し、労働組合員の基本給はそのまま据置く)、(2)乗務員は、一日の走行距離三〇〇キロメートル、水揚高二万一、〇〇〇円を確保する、(3)有給休暇は、これを一回とれば二日分消滅する(一乗務は二日間にわたるため)、(4)有給休暇をとる場合、一日につき七、二〇〇円を歩合給から控除する(但し、一か月一回に限り控除しない)、(5)昭和五一年度の年間臨時給はこれを支給しない、というものであり、この制度は一一月二一日から実施されることとなった。
しかし、右協約締結過程で、退職金支給制度の扱いは、労使間で協議の対象となったことはなく、従って何らの合意もなされなかった。
5 新賃金体系移行後の状況
右の新制度採用により、従業員の給与は、逐時増加したけれども、この制度を不満として退職する者も相次ぎ、被告は右退職者らに対し、本件退職金支給規定に基づいて算出された退職金を支払っていた。
ところで被告は昭和五三年七月二九日になされた本件告示により、本件退職金支給規定を同月三一日限り廃止することを明らかにし、同五四年六月一日高知労働基準監督署にその旨の届出をし、同月四日受理された。しかし、右退職金支給規定の廃止に代る有利な労働条件は被告から特に呈示されなかった。
二 そこで、以上認定したところを前提として本件退職金支給規定の変更の効力について検討する。
1 本件退職金支給規定と就業規則、労働協約との関係
労基法八九条一項四号によれば、退職金に関する事項に関し、使用者は就業規則を作成しなければならないものとされ、また前記のとおり本件退職金支給規定は就業規則と施行時期、一部改定、施行時期を同一にするうえ、被告は昭和五三年七月三一日まで労働組合員であると否とを問わず従業員が退職する場合には右規定に基づいて退職金を支払ってきたことからすれば、右規定は、就業規則を受け、退職金に関し、その支給基準、方法等の細則を定めたものと考えられるから、就業規則としての性格を有する、と認めるのが相当である。
被告は、労働組合との間で締結された労働協約において、本件退職金支給規定が援用されていることをもって、右規定は、就業規則としてでなく、専ら労働協約としての性格を有するものと主張するが、就業規則に定められたと同一の事項を重ねて労働協約において確認・宣明する場合、その目的は使用者が、就業規則を一方的に変更して、労働者の既得の労働条件を不利益に変更することを困難ならしめ、右労働条件を維持、強化しようとするにあると考えられるから、本件退職金支給規定が労働協約に援用されるからといって、即座に就業規則としての性格を失い、労働協約としての性格のみを有するに至る、ということはできない。
従って、被告の右主張は、これを採用することができない。
2 退職金支給規定変更の無効
原告らは、本件退職金支給規定の変更は、これを行政官庁に届出なければ有効に成立せず、また右規定の一方的な不利益変更は原告らが同意しない限り効力を有しない、と主張するので以下この点について判断する。
(一) 届出の欠缺
労基法八九条一項により、使用者は就業規則の作成・変更について行政官庁への届出義務を課されているが、これは行政監督のための取締規定にすぎないと解されるから、右届出をしなくとも、就業規則の作成・変更の効力に影響はないというべきである。従って、原告らの右主張は採用できない(もっとも、前記のとおり、被告は、昭和五四年六月一日就業規則一部改定の届出をし、同月四日受理されているので、この点からも原告の右主張は理由なきに帰する)。
(二) 退職金支給規定の一方的不利益変更の無効
本件退職金支給規定は、就業規則としての性格を有するものと認められるところ、使用者は就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、不利益な労働条件を一方的に課すことは原則として許されないが、労働条件の統一的、画一的処理を目的とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由としてその適用を拒むことは許されない。
これを、本件退職金支給規定の変更についてみると、右規定は、労働者が退社した場合、退職時までの勤続年数に比例して退職金を支払う、との労働条件を定めたものであり、昭和五三年八月一日以降の経過年数は右勤続年数に算入しない、という本件告示は、まさに右既得の労働条件を一方的に不利益に変更するものにほかならない。
そこで、右変更が合理的なものであるか否かについて検討するに、前記一で認定したところによれば、本件告示は原告らの退職金を今後消滅させる不利益さを有するにもかかわらず、その代償的な労働条件の向上は何ら呈示されることもなく、その他右不利益を是認すべき特別の事情も認められないので、本件告示による就業規則の変更は合理的なものということができないというべきである。被告は原告らが昭和五一年一一月二一日の新制度移行以後、従来よりも高賃金を得るに至ったことを本件告示の合理的理由として主張するが、これは、本件告示の一年半も前に労使間で決定されたことで本件告示と直接関係がなく、右賃金も基本給制度から基本給及び月算歩合給制度へ、更に完全な日算歩合給制度へ、という急激な労働刺激的賃金制度の導入、高水準のノルマの遂行、制裁的有給休暇制度の採用という、より強化された労働の結果もたらされたものであって、退職金に関する既得の権利を消滅させる代償として特に考慮すべきものとはいえず、結局本件退職金支給規定の変更は合理性がないといわねばならない。
なお、右規定の変更について、労働協約締結過程で原告らがこれを承認したとみられる場合には、変更後の規定が適用されるというべきであるが、原告上池章男、同三枝茂の各本人は、昭和五一年一一月二一日の労働協約締結過程で退職金に関する事項が議題にのぼったことはなかった旨供述するうえ、(証拠略)によれば、右協約中には臨時給(一時金)の不支給についてはその旨の記載があるにもかかわらず、退職金に関しては何ら記載がないこと、及び前記一で認定したとおり被告が右協約締結後、昭和五三年七月三一日に至るまで退職者に対し、本件退職金支給規定に基づいて退職金を支払っていること等を考えあわせると、右協約締結の際、退職金に関する事項が労使間で協議の対象となったことはなく、何らかの合意をみたとも認められないから、右規定の不利益変更について原告らの承認があったということもできない。
従って、右規定は昭和五三年八月一日以後も依然としてその効力を有するというべきである。
三 次に、原告三枝の退職金債権について検討する。
請求原因4の事実のうち、原告三枝が昭和三八年六月一日被告に入社し、同五四年一〇月二〇日退社したこと、その間同四五年九月二五日から同四八年一〇月一日まで休職したこと、同原告の退職時における基本給月額は金九万八、七四〇円であること、被告は同原告に対し、勤続年数の終期を同五三年七月三一日までとして退職金一一九万九、九二五円を支払ったことはいずれも当事者間に争いがない。
前記のとおり、本件退職金支給規定に基づく退職金の算定方法は、退職時の基本給月額に勤続年数(入社の日から退職の日までの、休職期間を除いた期間、但し、一年未満の期間については日割とする)を乗じたものとされるから、原告三枝の退職金は、同原告の退職時の基本給月額金九万八、七四〇円に勤続年数一三年一三五日(在職期間一六年一四二日から休職期間三年七日を差引いた期間)を乗じた金一三二万〇、一四〇円となる。しかるに、被告は、同原告に対し、金一一九万九、九二五円の支払しかしていないので、未だ一二万〇、二一五円の支払義務を負っている、というべきである。
なお、(証拠略)によれば、退職金は退職手続を完了した者に対し三〇日以内に支給することになっていることが認められるので原告三枝の退職金債権の弁済期は、同原告の退職した日である昭和五四年一〇月二〇日から三〇日を経過した同年一一月一九日と解され、被告はその翌日である同月二〇日から遅滞に陥るものというべきであり、また、被告と原告三枝との間に締結された退職金に関する労働契約は附属的商行為と考えられるから、その遅延損害金は商事法定利率年六分の割合によるべきである。
四 次に、原告上池らの主位的及び予備的請求の訴の利益について検討する。
原告上池らの主位的請求は、同原告らが将来具体的な退職金債権を取得した際、退職金支給規定の効力が問題となるので、予めその効力に関する裁判所の解釈を求めるものであると解され、具体的な権利関係についての確認を求めるものでないから不適法な訴というべきである。また右退職金支給規定に基づき算出された将来の退職金の支払を求める予備的請求は具体的な債権額も未確定であって本案について判断をなす必要性、実効性が乏しく、未だ紛争の成熟性に欠けるところがあるというべきである。
従って、原告上池らの訴は、いずれも不適法として却下を免れない。
五 以上認定・判断したところによれば、原告三枝の本訴請求は、退職金残額金一二万〇、二一五円と、これに対する弁済期の翌日である昭和五三年一一月二〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、原告上池らの本件訴はいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九三条、九二条(原告三枝については敗訴部分軽微につき)、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鴨井孝之 裁判官 馬渕勉 裁判官 吉田肇)
退職金支給規定
第一条 従業員の退職金は、この規定に定めるところにより支給する。
嘱託、臨時雇及び日々傭入等の者にはこの規定を適用しない。
第二条 退職金は従業員が勤続一年以上を経過し、次の各号に該当するとき、本人又はその遺族で正当と認められる者にこれを支給する。
1 殉職者
2 業務に起因する傷病により職に堪えず退職する者
3 死亡者並びに私傷病により職に堪えず退職する者
4 会社の都合により退職する者
第三条 退職金は退職時の基本給月額に勤続年数を乗じて得た金額とする。
基本給月額×勤続年数
第四条 勤続年数は入社の日から起算し、退職又は死亡の日までとし、一年未満の端数はこれを日割とする、休職期間は勤続年数に算入しない。
第五条 懲戒解雇その他不都合の事由によって退職する者には退職金の一部、又は全部を支給しない。
第六条 退職金は一括払いを原則として退職手続を完了した者に対し三〇日以内に支給する、但し会社に弁済すべき負担金又は借入金があるときは、これを控除する。
この退職金支給規定は昭和四一年一月一日より施行する。
附則
この規定は昭和四七年二月五日から一部改定して施行する。